仕事歴・その2

NHK作品


1958~63

バス通り裏 第2部

NHK連続ドラマ作品 オープニングタイトル用窓辺開閉装置ミニチュア



1960

宇宙船シリカ

NHK人形劇 基地のようなセット



1960

娘と私

NHK連続テレビ小説 信号機



1961

フォトフォルム(と記載)

Oゲージミニチュアセット 写真あり



1962

ぼくはのりものはかせ

時計の模型?



石原プロモーション・日活作品


1963

太平洋ひとりぼっち

マーメイド号大中小三隻のミニチュア、特撮現場にも参加



香港映画


1963

梁山伯與祝英台

邵氏兄弟作品 蝶のミニチュア、クライマックスシーンの操演



インド映画


1965

Sinbad Alibaba Aur Aladin

特撮指導のため3週間ムンバイに滞在、クレジットあり



1966

Love in TOKYO

特撮シーン、撮影現場にも参加(写真多数あり)川上景司氏と共に関与



国鉄PR作品


1961.9

マスコットのねがい

共同国際映画社 企画・日本国有鉄道 特殊技術・川上景司 

自動車と電車衝突事故の映像作品、電気機関車(10分の1 電関ED16、客車オハ31)を製作



※「夜道を暴走する自動車が列車と踏切で衝突。車の窓にぶら下げられた人形が動き出し、正しい踏切の渡り方の解説をする」実写併用の人形アニメーションと判明(2015.10.20情報提供:金田益実様)

東京特殊研究所の仕事


1966

町田クリーニング商会

クリーニングマシン試作第一号機



1966

三共CM

電通映画社特撮 「文字と男」



1970

大阪万博

三菱パビリオンを請ける 約3か月(詳細不明)



1973

ジレットGⅡテレビCM

実物の5倍ミニチュアモデルカミソリ



1975

雑誌小学六年生

小六発明教室 / エジソンくんの発明教室 石井清四郎のコーナーがあった。



※円谷プロを退職した後、清四郎個人で立ち上げていた研究所である。特殊精密ミニチュアー研究、機械・電気・造形・美術を専門とし、映画、TV、CMを個人で請け負うことを目的としていたようである。CM用の模型、クリーニング機の試作などいくつかの写真が残されており、雑誌小学6年生では読者の発明にコメントするコーナーを持っていた。この研究所の活動期間についての詳細は不明である。

写真が残されている不明作品


1942年頃・・・小型ボート
1950.9月・・・ショベルカーのミニチュア(実機の試作機の可能性もあり)
1956年頃・・・日本航空の旅客機 ダグラスDC-6型 ボディに「JAPAN AIR LINES」特徴的な尾翼には日本国旗
1959年頃・・・セスナ機 主翼にJ-174、テグスが付いている。
1942~1959年頃・・・九三式中間練習機赤トンボ(図面と模型の写真あり)
1958~1960年頃・・・東京タワー大サイズ 塗装、組み立て作業(もしくは修理)をする写真あり
1959年頃・・・軍用トラック(おそらく松竹作品)
1961年頃・・・荷台付きトラック(丸で囲まれた王のマーク、D44とあり)
1961年頃・・・衝立のようなもの 3種類ほど写真あり
1961年頃・・・キャバレーのネオンサイン(Cabaret ROSEと判明)
1961年頃・・・大型客船
1962~3年・・・国電クモハ101の模型、外側のみ制作(※倉方茂雄氏の証言)
1963年頃・・・大型木製ヨット 帆には145?の数字 小型のヨットを積んでいる
1965年頃・・・武器 13mm口径位の2連装機銃座の実物大モデル(おそらく松竹作品)

※年代はアルバム写真の並び方などから推測したもの

写真が残されていない不明作品


1960年代・・・リンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス号 木製、全長45センチ位、撮影用ミニチュア
1967.3・・・円谷プロ 宇宙ロケット機等の制作

※長男の覚え書きや本人のメモが残されているもの